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 箸より重いものを持たない。(2006/10/29)

下流階級でも上流階級の気分を


「箸より重いものを持ったことがない」という慣用句があります。
裕福な家庭で、何不自由なく大事に育てられたということの喩えであり、余計な労力を必要とせずにここまで生きてきた人が言う、あるいは言われる言葉。
常日頃、箸より重いものとか持ちまくっている我々平民には、所詮縁のない比喩です。

そういう不自由のない生活というのは一体どういうものなのか。
経験が無いので想像もできませんが、一度は体験してみたい。
間違いなく下流階級である俺が、上流階級を疑似体感してみようと。
この体験によって価値観が変わり、卑屈な性格も矯正されるかもしれない。

そういう訳で、箸より重いものを持たない生活をしてみました。



箸より重いものを持たないということ


  ※注:この記事内で記載されているそれぞれの重量は、あくまで個人的に計測したものであり、
      環境や個体差によっては可変であります。
      また、全ての重量については「約(●●g)」の表記を省略してあります。ご了承下さい。
      そんなもん気にする人、たぶん居ないでしょうけど。




まずは普段使っている箸の重量を量ってみることにします。
100円ショップで買った、なんてことのないありふれた木製の箸。
毎日使っている割には、具体的な重量の数値なんか気にしたことがありませんでした。



16g


16g、ということでした。
つまり、16g以上のものを持ってはいけないということ。これはかなり生活の幅が制限されそうです。
これを基本値として考えていきますが、こんな生活、本当に何不自由無いんでしょうか。心配になってきました。


ここでとんでもない事に気づいてしまいました。

ご存じの通り、箸とは食べ物をとらえ、口に運ぶ事を主目的としてつくられた道具です。
しかし箸で食べ物をつかむということは、箸+食べ物の重量が手にかかってしまうということ。
箸より重いものを持たないという上流階級の方々。これすなわち重量オーバー。
箸で物を食べることができないんじゃないか。

では一体何の為に箸を持つのでしょうか。
並べられた茶碗やお椀をドラム、箸をドラムスティックに見立て、「ご飯まだー?」と叩く為に持つのでしょうか。
それは下町の子供がするような行為であって、全然上流階級っぽくない。美しくない。

ならば、箸を持つというだけの為に箸を持つ、という事なんでしょう。
なんだか「私が山に登るのは、そこに山があるからだ」という名言に似た感じの響きですが、全然ちがいます。
やはり下々の者には理解できない事情があるのでしょう。

・・・思いがけず、箸のアイデンティティに関わる問題を目の当たりにして少々興奮してしまいました。
その辺りについてはもう考えないことにして、要は箸より重いものを持たなければ良いのです。
食事の際に、箸を使わなければ良いというだけの事なのです。

では実際、どういう生活を送れば良いのか。考えながら、シミュレートしていきたいと思います。
なんだかだんだんおかしな事になってまいりました。



ごまつぶ一つでも重量オーバー






生活の基本を考える


まず生活を営む上での大前提である、衣食住について考えていきます。


[衣]
すなわち衣服について。
今所持している衣服の中で、はたして16g以下のものがあるのかどうか。
結果から言えば、ありませんでした。パンツ一枚(77g)、靴下一足(片方26g)にしたって、16gじゃききません。
だからといって、全裸という訳にはいかない。自室から外に出ない生活なら構わないかもしれませんが、警察にはお世話になりたくありません。
ゆえに、衣服は着替えない、という事が最善であると判断します。


[食]
箸を使った食事ができない、という事は良いのですが、それでは一体何を食べれば良いのでしょうか。
白飯やおかずなどを、16g弱ずつ小分けにして手づかみで食べる、という事も考えましたが、これらを料理する際にはそうはいきません。
料理が不可。すなわち、できあいのものを食べるしかありません。
16g以下の食べ物を、とりあえずコンビニで色々物色してみました。
(どうしてコンビニでか、という点につきましては、後述します)


 ・うまい棒
 ・チロルチョコ
 ・フリスク
 ・ウコン
 ・ドラえもんガム
 ・SOYJOY
 ・味のり
→チーズ:10g メンタイ:9g チョコ:8g コンポタ:9g たこ焼き:12g ALL OK
→10g OK
→15g OK
→ 3g OK
→21g NG
→31g NG
→44g NG



まずうまい棒が、味によって重量が微妙に違うという事実に驚きました。
落ち着いて考えれば当たり前なのかもしれませんが。こう、実際数字を目の当たりにする機会なんかありませんでしたからね。

それにしても、やっぱり駄菓子系しかないのでしょうか。
主食はお菓子、中でも味のバリエーションが豊富なうまい棒になるんだろうなあ、という事を把握しました。

味のりは惜しかった。のりだけだったら、6袋でも9gだったのに、除湿剤の重みでNGとなりました。
他にも、ばら売りしてくれたら良いんだけどなあという品物が多々あり、涙をのんだこと数知れず。
どうやらコンビニっていうのは所詮、下流階級向けにつくられた施設みたいですね。



ウコンなんて食材じゃないけど


また、飲み物に関しては、ペットボトルやコップなどそれだけで重量オーバーですから、蛇口から出る水を直飲み、という事とします。


[住]
まず人間が生きてゆく上で必要不可欠な生理現象、トイレについてはしっかりしておかないといけません。
便座のフタが閉まっていたら、持ち上げられないのでそこでアウト。色んな意味でアウト。
ですから、フタは常にあげたままとします。
テレビなどのリモコンについては、あらかじめ方向を発信先に向けた状態で固定しておき、持たなくとも押すだけで操作ができるような準備をしておかなければなりません。
布団は当然敷いたまま。寝るときは掛け布団を持たずに、身体をねじ込んで潜り込む、とう動作が必要です。


恐ろしく不便な生活であるように思えるのは気のせいでしょうか。
下流階級の価値観にどっぷり浸かっているが為に、その良さが分からないだけなのでしょうか。
ちなみに規制される動作は「持つ・持ち上げる」という事のみであり、他の「ひねる」「押す」「引く」「握る」等々の動作については規制しない事とします。
ですから、ドアノブや蛇口をひねったりする動作にかかる力は考えないものとします。



その他懸念事項


大まかに考えると、全てが「住」の項目に入る事項なのかもしれませんが、他にも色々と意識を変え、考えなくてはならない部分が多々あります。
上流階級を気取るには、今までの常識を全て忘れなくてはいけないのです。


まず買い物。
買い物をするには当然お金が必要であり、お金、しかも小銭ともなると、16gなんて軽くオーバーしてしまう。
試しに財布の重量を量ってみましたが、176gもありました。これは身につけていてはいけないものです。

かといってお札ならば、小銭よりも大きな金額でしかも断然軽いので万能、と考えてしまいがちです。
しかしお札で何かを買えば、お釣りが戻ってくる。これは16gよりも重くなる事必至です。
そもそも購入するものの重量も16g以下に抑えなくてはいけませんから、お札の額面を使い切る事も容易ではありません。
「お釣りはいらないよ」とか、ブルジョアらしいかっこいい事も一度は言ってみたいですが、実際小市民である俺の理性がそんな事許しません。さすがにそこまでできない。
サッポロ一番が何個買える金額だっつーの。

[参考:お金の重量]
1円玉:1g 5円玉:4g 10円玉:4g 50円玉:4g 100円玉:5g 500円玉:7g 1000円札:1g

ここはやっぱり、上流階級の方々に倣い、現金は持ち歩かずにカードで解決するとしましょう。



QUOカードですが


これならコンビニやマツキヨなどで買い物ができます。お釣りも出ません。
しかも一枚あたり、重さは2g。単純計算で8枚まで同時に持つことができます。
一枚額面が1000円なので、8000円という大金を持ち歩ける事になるのです。これは大変便利なものですね。
そう、上の「食」を考えたところでコンビニに限定していたのは、こういう事だったのです。

同様の理屈で、パスネット(2g)やSuica(5g)なども役立ちます。ああ、Suica対応店なら買い物もできますね。
これで小旅行も問題ない事が証明されました。ほんと便利な世の中です。カード社会万歳。
これぞ上流階級。こんなにカードに依存した生活をしていても良いのでしょうか。カード破産とかしないかな。


娯楽については、大概のことを諦めざるをえない感じです。
16g以下のものを使って楽しむ娯楽なんか、空想とかマッチ棒パズルくらいしか無いんじゃないか。
猫をだっこする事もできない。
読書なども不可能であり、携帯電話の持ち歩きも不可。
俺は携帯電話を時計がわりに使っているので、時間を知りたいその都度時計を探す必要があり非常に不便です。



意外と重いんですよね


自宅に居るうちは、固定されたリモコンで操るテレビ。あと持ち上げるという動作を必要としないパソコン、WEB閲覧などがあり、そんなに退屈する事はないんでしょうね。
・・・ああ、もしかしてこれって実は「引きこもり」という、ある意味「箱入り息子・箱入り娘」の事を表現する慣用句なのかもしれない。ふとそんな事を考えてしまいますが。そんな事はありませんね。
下民の娯楽などには興味がない。いたって貴族的な振る舞いではありませんか。


ざっと思いつくのはこれくらいでしょうか。他にもあるでしょうが、それらはその時々で対応していくとしましょう。
それではいよいよ実際に、箸より重いものを持たない、上流階級的生活をはじめてみようと思います。



体験体感・上流階級


まずは決めたルールを説明します。

・大前提として、16g以上のものを持たない。
・右手と左手、両手同時に持っている重さを16g以下とする。
・「持つ・持ち上げる」以外の動作については、規制はないものとする。
・撮影の為のデジカメと、重さを判断する際に使用する電子秤&判断時における対象物ピックアップは例外とする。
・口でくわえたり、足の指で持ったりなどという、手で持つ動作の代替行為については、公平性を欠くので行わない。
・期間は休日の24時間とする。
・通常自分一人でやっている事に関しては、原則他人に頼る事はしない。


これらを遵守してこそ、はじめて上流階級を語る事ができるのです。
これに則り、すすめていきたいと思います。
以下、つぶやき系日記調で、淡々とお送りいたします。


●         ●         ●

AM7:00すぎ。
起床。
だるい。前日の疲れがとれていないようだ。
本日0:00より開始された「箸より重いものを持たない生活」の為だ。
一日服を着替えないで済むように、外着のまま就寝したんだ。寝苦しいったらありゃしない。




このまま寝て起きた


一切の苦労をしないで生活するというのも、結構慣れが必要なのかもしれない。

毛布を手で持ちあげないよう気をつけながら、ゆっくりと器用に起きあがる。
トイレの蓋も、前日から上げたままになっている。用を足す。

さて、朝と言えばシャワーだ。俺は朝にシャワーを浴びる習慣がある。
・・・シャワーのノズルって、絶対16g以上あるよなあ。
蛇口をひねればお湯は出る。しかしノズルを持つ事は許されない。
更に不運な事に、シャワーのノズルを固定する場所は上と下にあるのだけれど、今は下の方に固定されている状態。
せめて上の方にセットしておいたならば、シャワーを浴びるのも楽だったのに。
仕方がないので、低い位置から降りそそぐシャワーを、身をかがめながら浴びる事にした。
ちなみに身体を洗うためのヘチマタオルの重量は50gあった。
本当に「浴びる」だけか。




全身浴びられるかどうか


・・・ちょっと待てよ。
浴びるのはいい。でもその濡れた身体はどうやって拭くんだ。
16g以下のタオルなんかあるものか。あったとしても、身体に付着した水分を吸って、必ず重くなる。
ダメだ。シャワーは浴びることができない。参った。風呂にも入れないのか。
そういえばそもそもシャワーを浴びるという事は、一旦洋服を脱がなければならないということ。
所詮無理な注文だったんだ。上流階級の思考が理解できない。

そういえば聞いたことがある。
中世ヨーロッパにおける貴族女性たちは、何日も着替えず、風呂にも入らなかったとのだと。
なるほど。それか。そういうことか。納得した。

顔だけは、若干湿らせたトイレットペーパーで、なんどもゴシゴシこすって洗った気分になった。
一体今は、何時代なんだろうか。

歯を磨こう。
歯ブラシの重量は12g。水をめいっぱい含ませても13gだった。OK。
でも、チューブ入りの歯磨き粉は108gあった。これはだめだ。
仕方がないので、微量の食塩を歯ブラシに乗せてみがいた。総重量14g。超しょっぱい。

さっきからうちの猫が、メシーメシーと鳴いている。
いつもはウェットフード(猫缶の類)をあげているが、重量オーバーなので無理。
(猫用)非常食として常備しているドライフード(カリカリ)にしよう。
ドライフードは、10粒程度で1g。100粒でも10g程度。小分けにやれば、重量を超えなくて済む。
幸いドライフードは、何かを持ち上げたりしなくても良い場所に保管してある。
ドライフード置き場とエサ場の間を何度も往復して、朝のエサやり完了。
水を運ぶ事ができないので、水道の蛇口から常に少しだけ水が出ている状況にしておこう。
猫にも苦労をかけてしまい、申し訳ない。上流階級への道は厳しい。




10往復くらいした


洗濯もできなければ掃除もできない。
いや、できない、じゃなくて、そもそもする必要が無いのだ。貴族に家事は似合わない。
ぼーっとテレビを観ていた。すぐに飽きた。下賤な文化になど興味を持つなという事か。

パソコンを起動した。万が一、無意識のうちにマウスを持ち上げたりしてしまう事のないように、マウスは封印してキーボードのみで操作する事とした。
慣れてないので、何もかもがサクサク進まない。イライラしてきた。


AM10:00頃から。
フテ寝。もとい、優雅に昼寝。


AM12:00頃。
そういえば腹が減ってきた。
かといって食べる事を許されているのはうまい棒くらいであるという事を知っているので、げんなりする。
でも、外に出れば気分も変わるんじゃないかと思い、飯調達のついでに外出する事にした。
家の鍵の重さは12gだった。よかった。鍵を閉める事ができる。
ここいらは物騒なので、防犯は死活問題なのだ。

それにしても今日は、雨が降って無くてよかった。前日天気予報では雨だと言われていた。
家にある傘の中で、一番軽いもので156g。傘をさす事ができない。
もし雨が降っていたのなら、ずぶぬれのぬれねずみ化を避けられないところだった。
雨の日、上流階級の人はどのように過ごすのだろう。やはり家に籠もっているのだろうか。




ほんとうによかった


雨どころか、暖かな秋晴れが広がっていたので、気持ちよく自転車にでも乗ろうかと思った。
自転車に乗るという動作を思い描いてみると、その中に、持ち上げるという動作が見つからない。
これはいけるぞ、俺は風とひとつになるんだと、テンションもにわかに上がりつつ自転車と対峙した時、夢は破れた。
俺の自転車はワイヤーロックがかかっている。そのワイヤーロックの重さは330g。
ダメだ。鍵を外す事ができない。ゆえに、自転車に乗ることはできない。
そう、貴族は自転車なんかに乗らないのだ。
諦めて歩くこととした。心に雲がかかってきた。




ロックなんかかけなければよかったよ


コンビニに入り、QUOカードでうまい棒を1本だけ買う。
当然成人男子である俺には、うまい棒1本で満足できるはずもない。
ただでさえ恥ずかしいのに、同じ店舗で何度もこんな行動を繰り返す訳にはいかない。
下手したら通報ものだ。それだけはなんとしても避けなければならない。
結局町内のコンビニを何件もまわり、行く先々で同様の手口を繰り返した。
なんか犯罪者的な、へんな後ろめたさを禁じ得ない。大丈夫。俺は何も悪いことはしていない。…はずだ。




店員さんと、目をあわせられない


買っては食べ、買っては食べ。何件まわった時だろうか。ふと、予想だにしない事態に直面した。
QUOカードで10円のうまい棒1本しか買わない人間が、よっぽど可哀想に見えたのだろうか。
・・・いや、あまりの上流階級的な立ち振る舞いに感激し、貢ぎ物として差し出してくれたに違いない。
なんとレジのおばちゃんが、サービスでチュッパチャップスをくれたのだ。これどうぞ、って。無料で。

緊急事態。これはどうしたものか。チュッパチャップスって何gだろう。
とりあえず条件反射で「あ、ありがとうございます!」と、満面の笑みで感謝の意を示してしまった為、今更いらないとは言えない。
そもそも人の好意を無下に扱えるような人間でもない。でも、重さが・・・。ルールが・・・。




もらっちゃった


これぞ上流階級特有の悩みというものなのだろうか、この数秒の葛藤の後に、とりあえず10gのうまい棒を胸ポケットに入れ、QUOカードをしまってから、チュッパチャップスを受け取る事にした。
重さを量る、という名目での持ち出しなら、たとえこれが16gをオーバーしていたとしても、ルール上問題ない。
ただ、重量オーバーだった場合には、この受け取りは「無かったこと」にしなければならない。
つまり、せっかくの好意をつき返す、という、人道上とても卑劣な行為を実行しなくてはいけないのだ。
上流階級でいる事を保つ為には、時として非情に徹さなければならないものなのだ。
さあ、重さを量ってみよう。戦々恐々である。




12g


よかった。本当によかった。人間としての心を失わずに済んだ。冷や汗かいた。
そして改めて、おばちゃんの好意が身にしみる。ありがとう。ありがとう。
世の中も捨てたもんじゃないな、と、小さなことで喜ぶ、貴族の仮面をかぶった小市民。
うれしい気持ちのまま、地下鉄に乗って都会に出ることにした。

いつも電車内では、本を読んだりして過ごしているのだが、今日はそれが無い。
16gの本なんてない。豆本ならそれくらいで済むかもしれないが、そんな内容読むに足りない。
つまり超ヒマ。再び憂鬱に片足をつっこみつつ、ほんの10数分の、しかし長い乗車時間をひたすら耐えた。
お金持ち、これ即ち退屈なのである。




ヒマーヒマー・・・






15:00頃。
池袋についた。青空にそびえるサンシャイン60がよく映える。
さて、どこに行こう。何をしよう。・・・何ができるのだろう。

目的もなく、ただふらふらするのは結構辛いものがある。そのうえ手に出来るものの重量に制限がかかっているとなると尚更。
試しに本屋、CD屋、パソコン屋、カメラ屋、ゲームセンターに入ってみたけれど、何も手に出来ないのでつまらない。
パンフレットでさえ手にする事が許されない。ただ眺めているだけ。

お金が無くて、羨ましげに商品を見る行為よりも、ある意味数倍虚しさは上だと思う。
なんだかいたたまれなくなったので、もうお店には入るまいと心に誓った。
上流階級の者は、自ら店内で品物を物色したりはしないものなのだ。




ばくだん焼おいしそう・・でも重そうだ


そうだ。映画なら。
映画を観るのには1800円。2000円でお釣り200円。
1000円札2枚(2g)を渡して、お釣りが100円玉2枚(10g)。よし、大丈夫だ。
何故こんな数学パズルのような事をしているのか。途中でふと我に返ったりもしたけれど、ポップコーンもコーラも買えないけれど、やっと見いだした娯楽に心はウキウキ。ああ、こんなに映画が楽しく思えるなんて。

・・・そうだった。現金は持ってきていないんだった。QUOカードやパスネット、Suicaじゃ映画は観られない。
ああ、なんてことだ。今や失意のどん底に突き落とされた俺は、ボロ雑巾のようなその心を引きずってその場を後にしたのだった。
よく貴族の子供が親に、「そんな下賤なこと、してはいけません!」と咎められる場面をテレビなどで観ることがあるが、まさに今そんな感じ。
次の機会には、お札くらい持ち歩こう。




木更津キャッツアイ、観たかった


傷心の中、人混みを歩いておりますと、突然ティッシュを差し出された。
俗に言うティッシュ配りだ。いちいち言い直さなくてもいい。
しかし・・・これは・・・・・。




2つ・・・


ティッシュ配りの人が仕事にスパートをかけて、一度に2つ渡してきたようだ。
反射的につい受け取ってしまったが、これは一体どれくらいの重さなんだろう。
恐る恐るはかってみると、嫌な予感は的中していた。




あちゃー


21g。オーバーしてる。やばい、受け取ってしまった。
この事は計測の為のピックアップということにしても、更に「なかったこと」にしなくてはいけない。
ティッシュ1つなら10gだった。1つなら。1つだったなら。
ほのかな怒りがこみ上げてくる。完全に八つ当たりだ。これが上流階級特有の、傲慢な心というものか。

 「あの、すいません」
 「はい」
 「これ、先ほど2ついただいたんですけど、1つでいいんで・・・」
 「・・はあ」
 「あの、ごめんなさい。1つ返します」
 「あ・・は、はい」
 「すいませんでした」

恥を忍んで、1つ返してきた。
たぶんこんなやりとりだったと思う。でもあんまり思い出せない。思い出したくない。
絶対変な人だと思われてる。いや、確かに変な人なんだけど。
めんどくさくてごめんなさい。生きていてごめんなさい。これぞ上流階級の、理解されぬ苦悩。
思わず走って逃げた。余計変質者度が増した。でも走らずにはいられなかった。たぶんちょっと泣いてた。




ほんとごめんなさい



16:30頃。
人のあまり居ないところに行きたい。そう、裕福な暮らしの中では心がすさむ。
そんな時こそ、大自然の力をかりるんだ。ネイチャーフィーリング。緑の中で、瞑想したい。
途中コンビニで、またもうまい棒を購入し、足が向いた先は。




オアシス


公園は良い。緑は良い。心を癒してくれる。
公園内の、更に人気の無い、緑道のふちに腰掛けてうまい棒を食べる。
口の中の水分がやたら吸われる。そういえば喉がカラカラだ。さっき走ったという事もあるんだろう。
ジュースなどは買えない。重いから。そんなもの、下民の飲み物だ。
水飲み場をもとめ、うまい棒片手に公園内を徘徊する。




水分必須の食べ物だから


・・・水飲み場が無い。どこを探しても無い。まったく、近頃の公園ときたらもう。
水といえば、この公園に水といえば、噴水か・・・




トイレ・・・
(※汚いので、一部モザイク処理してあります)


・・・・・。
なんだか急に悲しくなってきた。
なんで池袋くんだりまで来て、こんな思いをしているんだろう。
モチベーションも、どん底である。
この世のものは、大概苦労なしに手に入れる事ができる上流階級。
それゆえに悟りきってしまい、世の中を儚むんだろう。まさに今の俺はそんな状態。

もう帰ろう・・・。外の空気は、俺にとっては毒だったんだ・・・・・。




街は貴族に冷たかった



17:30すぎ。
帰宅。


18:00頃。
買ってきたうまい棒を食べる。在庫なし。新たに買いに行く元気もなし。


18:30頃。
元気を出そうと、DVDを観ようと思った。
観たいDVDは、デッキの上に、無造作に置かれている。
これをデッキの中に入れたい。観たい。しかし・・・




17g

!!
1gが!このいちぐらむが!!

もうね、これ以上悲しい事なんか、この世にないんじゃないか。そう思った。


19:00すぎ。
朝と同じ方法で、猫にメシをやる。


20:30頃。
ヤケ水を飲む。(ヤケ酒の水バージョン)
もう寝てやろうかと思うが、思いとどまる。




すごい技をあみだした(ストロー)



21:00頃。
相当な勢いでぼーっとする。もう、こうしているより他仕方がない。


23:30頃。
マウス使用不可の為、苦労の末サイトの更新を完了。イライラは頂点に。


24:00。
24時間のこの生活から解放される。
しかしふてくされた心はそのまま継続。
さっさと着替えてフテ寝した。


こうして俺の、上流階級体験は終わった。
一日にして、この世の酸いも甘いも知り尽くした気がする。
いや、この世は99%が「酸い」でできていると感じた。
上流階級の視点でしか、知り得ないこと。一日体験にして悟ってしまった。
これは果たして幸だったのか、不幸だったのか。
自問を繰り返す夢を、見た気がした。

了。

●         ●         ●


ええ、もう。

十分すぎるほど、思い知らされましたよ。
上流階級には上流階級なりの、苦労や苦悩があるんですね。
体験してみないと、わからないことってあるんですね。




苦労が無い人なんかいない


箸より重いものを持たない。
裕福な家庭で、何不自由なく大事に育てられたということの喩えであり、余計な労力を必要とせずにここまで生きてきた人が言う、あるいは言われる言葉。

先だって、こう説明いたしました。
世間一般的な解釈も、これと同等であると思います。
しかし実際体感してみると、今までの常識は覆されました。

確かに肉体的には労力を必要としないかもしれません。
しかし普通の生活をする事ができない。満足に食事もできない。
腕の力を使うことも少ないので、筋肉も発達しないんじゃないでしょうか。むしろ退化しそうな勢い。
健康面でも弊害が生じているものと思われます。
これほどの事を強いられているのだと、初めて知ることができました。
正直、驚愕です。

我々は上流階級のことを、全然わかってない。
この苦悩を、この苦労を表には見せず、優雅に振る舞う上流階級の方々を、もっと尊敬するべきだ。理解するべきだと思います。

「私、箸より重いものを持ったことがありませんの」などと語る人に出会ったならば、その時は「そうですか!色々ご苦労されてるんですね!」と、ねぎらいの言葉を呈すると共に、察して差し上げましょう。





我が心の卑屈さは、永久に不滅です。




2006.10.29 13:23 | ネタ | トラックバック(0) | コメント(-) |
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